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福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)970号 判決

原告 斉藤広憲

右法定代理人親権者父 斉藤正憲

同母 斉藤康子

右訴訟代理人弁護士 高木健康

同 横光幸雄

同 吉野高幸

同 前野宗俊

同 中尾晴一

同 住田定夫

同 配川寿好

同 臼井俊紀

同 尾崎英弥

被告 北九州市

右代表者市長 谷伍平

右訴訟代理人弁護士 松永初平

被告 佐藤晋

右訴訟代理人弁護士 小柳正之

主文

一  被告北九州市は原告に対し金四七九万二八〇五円及び内金四三六万二八〇五円に対する昭和五六年五月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告北九州市に対するその余の請求及び被告佐藤晋に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告北九州市の間で生じた分はこれを三分し、その二を原告の負担、その余を同被告の負担とし、原告と被告佐藤晋の間で生じた分は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

五  但し被告北九州市において金一五〇万円の担保を供するときは前項仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、「一、被告らは原告に対し、各自金一、六三〇万一、三一五円及び内金一、四八二万一、三一五円に対する昭和五六年五月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、当事者

原告は、本件事故当時北九州市立足原小学校四年在学中の児童である。

被告北九州市は、右足原小学校の設置及び管理者であり、被告佐藤は、外科の開業医である。

二、本件事故の発生

昭和五六年五月二〇日午前一〇時半頃、原告は前記足原小学校校庭に設置された回旋シーソーで級友の勝田誠と遊んでいたところ、シーソーのストッパーと支柱との間に右手示指を挾まれる事故にあった。即ち、回旋シーソーの構造は別紙図面の通りであるが、事故当時、原告は握り棒を腰にあて宙に浮いた状態になっていたところ、反対側を押えていた勝田誠が急に手を離したため突然落下しはじめ、バランスをくずした原告がとっさに右手で図面のストッパーを握ったところ、前記ストッパーが支柱に激突したため、右手示指がストッパーと支柱の間にはさまれた。

右事故により原告は、右示指挫断創及び右中指擦傷の傷害を受け、右示指は、末節から生の皮と肉がとれ骨が露出した状態となった。

三、回旋シーソーの瑕疵

回旋シーソーには以下に述べるとおりの瑕疵がある。

本来、ストッパーの機能が機具の作動を制禦させるものであることからすれば、ストッパー部分は力学的に強度の力が加わる危険な箇所であることは明らかであるにも拘らず、本件回旋シーソーのストッパー部分は外界に露出し、いつでも触れられる構造となっており、しかも、握り棒とストッパーとの間隔は、わずか六三センチメートルであり、握り棒を握って遊戯している児童が危険なストッパー部分に容易に手の届く状態であり、更にストッパーと支柱との間には何ら撃衝をやわらげる装置も設けられておらず、鉄製のストッパーと鉄製の支柱とが直接ぶつかり合うことで機具の作動を制禦する構造となっていた点において瑕疵は明白である。これを更に詳述すれば、本件回旋シーソーは、高さが一メートルしかないが、小学校三、四年生の身長は一メートル三〇センチから一メートル四〇センチメートルぐらいであり、手を伸ばせば一メートル六・七〇センチ近くになり、高さ一メートルの回旋シーソーで遊ぼうとすれば、両端をもった児童が、双方とも地面にでん部が着くかもしくはそれに近い状態となる関係上、足を縮めたとしても本件回旋シーソーにぶら下がって遊ぶことは極めて困難となる。

従って、高学年の児童がこの回旋シーソーを利用しようとして握り棒を腰に当て上下運動をして遊ぶことは容易に予見でき、その際、一方の児童が急に手を離したり腰に当てがった握り棒を手離すことにより体重が他方の児童にのみかかる場合が発生することも又容易に予見できることである。このような場合に他方の児童が転倒防止のためわずか六三センチメートル前方のストッパーを掴むことは極めて自然に予測できるのであるから、ストッパーと支柱の激突によって生ずべき事故防止のためには、そもそも児童が腰に握り棒を当てる余地がない程度に支柱を高くするか、もしくはストッパーと支柱との激突を避ける構造にするかが最も妥当である。又、仮りに激突するとしても握り棒とストッパーとの距離を児童の手の届かない程度にするか、もしくはストッパーにカバーをつけ直接手でさわれないようにするか、あるいはまた、支柱とストッパーとの間に衝撃をやわらげる装置をつけるなど様々な工夫が必要である。然るに、本件回旋シーソーにおいては、力学的に強度の力がかかることが当然予想され、その危険性は明白であるストッパー部分に何らの危険防止措置も講ぜられていないのである。

なお被告市は原告が本件シーソーを通常定められた用法に従って利用していなかったことを強調するが、本件シーソーの構造、高さからすれば、小学校四年生であった原告らが本件回旋シーソーを利用してその両端に一名ずつぶら下がって、上下、もしくは回転させて遊ぶことは困難であるのみならず、好奇心と冒険心の旺盛な小学生程度の年令の児童は遊具を決められた利用方法でのみ利用するとは到底考えられず、その管理者は、児童が利用しうるあらゆる利用方法を想定して、遊具の安全性を確保しなければならないのであるから、前記のとおり、本件回旋シーソーのストッパーに瑕疵があることを被告市は否定することはできない。

ちなみに、北九州市内の他の小学校の設置状況を見ると、かなりの小学校において回旋シーソーを撤去する一方、残存する小学校においても、その回旋シーソーの高さはほとんどが一メートル四〇ないし一メートル五〇センチメートルであり、最低でも若園小学校の一メートル二三センチメートルであって、一メートル二三センチメートルの高さの場合には、児童らが握り棒に腰を当てて上下運動する危険も配慮して、ストッパーが決して支柱に衝突しないような構造となっている。

四  被告佐藤は、同日午前一一時過頃、受傷した原告を診察し、直ちに右示指末関節部の切断手術を施行したが、該手術は不必要又は不完全な違法な手術であった。即ち、原告受傷のその時の様子は、右示指の先端部の軟部組織が脱落し、指骨のみが残存している状態であったから、医師としては、第一に、脱落した軟部組織を元どおり接着する努力をすべき義務があり(同被告は脱落した軟部組織がひからびていたため接着できなかったというが、それ自体不自然な主張である)、それができなければ、第二に、原告身体の別の部位の皮膚を移植してできるだけ原状回復の努力をすべき義務があるのに、これを怠り、安易に切断手術を行なった。

仮に手術そのものに不完全な点がないとしても、同被告は外科医として未成年の患者に対し新しい侵襲を伴なう手術を施行するに当り事前に親権者に説明義務を尽しその承諾を求めるべき義務があるのにこれを怠り、親権者原告本人、はもとより同行の教師の承諾を求めるなんらの努力をしなかった過失により切断手術を断行した。

五  よって、原告に対し、被告北九州市は国家賠償法二条一項に基づき、被告佐藤は民法七〇九条に基づき、それぞれ原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

六  原告がシーソーの瑕疵による受傷及び被告佐藤の手術により被った損害は次の(一)ないし(七)の合計金一六三〇万一三一五円である。

(一)  治療費 金二万四、九六九円

佐藤外科医院 金三、六二〇円

足原調剤薬局 金九二四円

小倉記念病院 金二万〇、四二五円

(二)  通院交通費 金一万三、五二〇円

原告は、受傷の翌日から六月一二日までの間に一三日間、切断部分の形成手術と治療のため、小倉記念病院に通院し、交通費として金一万三、五二〇円を要した。

(三)  付添費 金二万六、〇〇〇円

原告は児童であるため、その通院に際し母親が付き添った。一三日分の付添費として金二万六、〇〇〇円が相当である。

(四)  慰藉料 金一〇万円

原告は、昭和五六年五月二一日から同年六月一二日まで二三日間小倉記念病院に通院した。

従って、その通院慰藉料は金一〇万円が相当である。

(五)  後遺症による逸失利益 金一、二三五万六、八二六円

原告は、昭和四六年九月七日生まれで、受傷当時九才の男子である。賃金センサス昭和五四年第一巻第一表の男子労働者平均の年間給与額は、金三一五万六、六〇〇円であるので、就労可能年数を満一八才から満六七才までとし、中間利息の控除は新ホフマン係数によると、その係数は一九・五七三であり、後遺症として一手の示指の用を廃したものであるから後遺障害別等級表によれば、第一一級の九に該当し、その労働能力喪失率は二〇パーセントと考えられる。

従って、原告は金一、二三五万六、八二六円相当の利益を逸失したものである。

計算式)3,156,600×19,573×0.2≒12,356,826

(六)  後遺症による慰藉料 金二三〇万円

原告には、本件傷害により後遺障害別等級一一級の九に該当する後遺症が残ったのであるから、その後遺症慰藉料としては金二三〇万円が相当である。

(七)  弁護士費用 金一四八万円

被告らは原告に対しその責任を認めないため、原告は本件の処理一切を原告の訴訟代理人に委任し、その費用として金一四八万円を支払うことを約束した。

七  よって、原告は被告らに対し各自金一、六三〇万一、三一五円及び弁護士費用を除いた金一、四八二万一、三一五円に対する本件負傷当日である昭和五六年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

被告市の過失相殺の抗弁事実及び被告佐藤の治療の緊急性ないし推定的承諾に基づく違法性阻却の抗弁事実はいずれも否認する、と述べた。

被告ら訴訟代理人は、いずれも、「一 原告の請求を棄却する。二 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並に仮執行免脱の宣言を求め、答弁及び抗弁として、原告主張の請求原因のうち第一項の事実は認める、第二項中原告主張の日時場所において、原告が別紙図面の構造の回旋シーソーで友人勝田と遊戯中、右手示指を負傷したこと、第四項中原告が、その主張の日時被告佐藤の右示指手術を受けたことは認めるが、その余は、否認、不知又は争う、被告市訴訟代理人は、回旋シーソーの瑕疵につき、本件回旋シーソーは足原小学校の校庭の一部に設置されている遊具であるが、シーソーそのものの構造に瑕疵はない。即ち、本件シーソーが設置された時期は昭和四三年五月二四日で、直径一〇センチメートル高さ一メートルの鉄製の丸型の支柱に縦一・五六メートル、横二五センチメートルの丸型鉄製の枠が装置され、その枠の両端が長さ五〇センチメートルの握り棒となっており、その握り棒を両手で握り、両手、両足を上下に伸縮させて遊ぶ遊具である。

枠に装置されたストッパーは降下を一定の位置に停止させる目的で装備されたもので、ストッパーがないと枠の停止位置がきまらず地面接触等により、かえって危険を生ずる恐れがあるので、それらの危険を防止する目的の装備であって、ストッパーは握るための装備ではない。

本件シーソーは腐蝕倒壊等の危険もなく、通常の用法に従って使用する限り何らの危険をも伴うものではない。

本来シーソーの通常の遊び方は、主として低学年の児童が、シーソーの枠(横棒ともいう)の両端に装備された握り棒にぶら下り、対手者と交互に手足を伸縮して上下運動をするか、旋回する場合は足で跳ねて旋回するものであるところ、原告は、事故当時、握り棒を腰に当てたり、両足を横棒にからませたりして、本来の利用方法でない遊び方をした結果負傷したものであるから、被告に設置管理の瑕疵による責任はないというべきである。

仮に、本件シーソーのストッパーに構造上の瑕疵があるとしても、原告はシーソーに両足を掛けて遊んでいたのであるから、急激に落下するときにストッパーを握ることは体位と間隔から考えて不可能であり、落下のショックで強く握りしめていた右手示指に強烈な力が加わり、皮肉がはぎとられたものと考えられるところからすれば、瑕疵と原告受傷の間には因果関係がない。

更に、仮に被告市になんらかの責任があるとしても、右に述べたとおり、本件事故発生については原告にも重大な過失があるから、損害額の算定に当り、過失相殺されなければならない、と述べ、

被告佐藤訴訟代理人は、同被告の医療行為は全く適切な措置であって、その間なんら不相当、不完全な所為はない。即ち、原告が被告医院に来院した際の右示指の状態は指先から一糎の軟部組織が引きちぎれていわゆる挫滅状態となっており、残存する骨の先は同様挫滅し、骨の露出部分の骨膜は剥離しており、全体は砂にまみれて汚染されている状態であった。被告は右状態に接して感染の危険性および切断面と切断端との接着が可能かどうかについて、緊急の判断と処置を迫られたが、切断面が土砂にまみれて汚染されていることは、感染の危険を確実に予測させるものであり、更に指骨露出部分の骨膜が剥離している状態は、骨が腐ることを意味するものであるから、緊急に挫滅状態の軟部組織を除去し、骨膜剥離部分の骨を削り取り、皮膚を覆う処置を行う必要があり、また、切断面と切断端の接着については、シーソーで圧迫され押し潰されている状態であり、顕微鏡下の血管縫合術も不可能だと判断された。そこで、このような場合に考えられる イ、骨短縮をふくめた断端一次縫合 ロ、各種有茎植皮 ハ、各種遊離植皮の処置のうち、イの断端一次縫合が他の方法に比しもっとも正常に近い断端を形成しうるし、指長は多少犠牲になるが知覚を温存できる点ですぐれており、且つ最も広く用いられており、特に示指の場合は長さを犠牲にしても、右の断端一次縫合を用いて運動性を有し疼痛のない指尖を形成することが望ましいとされているところから、同被告は右イの断端成形手術を施術したものである。従って、被告の処置は全く適切な医療行為であって、何ら非難される筋合いはない。なお、原告は被告の手術内容を切断手術と主張しているが、被告来院時に既に指尖は切断されており、被告は唯挫滅して正常でない軟部組織を除去し、骨膜の剥離した部分を末節骨切除の法則に従って削りとったという保存的処置にすぎないから、被告が殊更切断したというのは当らない。また、被告の断端形成手術は、前記のとおり感染予防の見地から緊急を要するものであったのみならず、学校内において発生した事故による治療のため、校長と担任教師が同道して来院し治療を委託したものであるから、校長らを通じて両親の承諾は当然推定できる状況にあった。従って治療の緊急性の要請ないし推定的承諾の存在からして該手術には違法性がない、と述べた。

証拠関係《省略》

理由

原告主張の請求原因のうち、第一項の事実、第二項中原告がその主張の日時、場所において友人勝田誠と別紙図面の構造の回旋シーソーで遊戯中右示指を負傷したこと及び第四項中原告がその主張の日時、被告佐藤の右示指手術を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで先ず原告の被告北九州市に対する請求について考えてみる。

右当事者間に争いがない事実に《証拠省略》を総合すれば、原告が負傷した本件回旋シーソーの構造、形状は別紙図面の記載のとおりであるが、その全体は鋼鉄製の丸型パイプをもって組み立てられており、相対峙した児童が各自握り棒を握ってぶら下り、相互に上下動、回旋動の遊戯に興ずべき遊具であるところ、高さが一メートルにすぎないため、小学校高学年生の身長がある児童にとっては、低学年生のように単に握り棒にぶら下るのみならず、握り棒を腰に当てて上下且つ回旋する遊戯用にも充分に利用できる構造となっており、寧ろその方が体型的に自然な遊び方といえること、その場合において相手方の動作や遊戯の態様如何によって、握り棒を腰に当てて遊戯中の児童が急激に落下するおそれが生じたときには落下による衝撃を避けるため握り棒と支柱の中間にあるストッパーを突嗟に且つ容易に掴んで護身するであろうことが充分に予測できること、一方、一般の回旋シーソーには種々の構造があるが、その静止のための構造としては、大略握り棒が地面に接着して静止するものと、回旋シーソーの本体にストッパーと呼ばれる鉄製パイプが設置されていて、そのストッパーが支柱に接触して静止するものの二つに大別されるところ、本件シーソーは後者の構造により、握り棒の前方約六三センチメートルの個所にストッパーが設置されているが、他の同種構造のシーソーと異なる点は、ストッパーが支柱に直接接触する構造となっており、カバー、二重構造等構造上接触による衝撃を緩和すべき装置は全く施されていないことが認められる。

国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断しなければならないが、右認定の事実に徴すれば、学校遊具である本件回旋シーソーはそのストッパーと支柱間の緩衝装置が設置されてない点おいて通常有すべき安全性に欠けていたといわなければならない。

被告市は原告が本件シーソーの握り棒を腰に当てる等本来の使用方法でない遊び方をしていたための負傷であるから責任がない旨抗争するところ、好奇心旺盛な小学校高学年生に学校遊具の通常の使用方法のみを期待することは本来無理であるのみならず、《証拠省略》によるも足原小学校において本件回旋シーソーの正しい遊び方を具体的に指導した形跡は窺えないのであって、たとえ本来正しい遊び方でないとしても本件回旋シーソーの握り棒を腰に当てる遊び方が、原告のような高学年生にとっては体型的に自然な遊び方であり、その場合にストッパーと支柱間に指をはさまれる危険が充分に予測できる等前示認定の事情の下においては、原告の負傷は本件回旋シーソーの設置又は管理の瑕疵によるものというを妨げないのである。この点の同被告の主張は失当であり採用できない。

ところで、事故発生の態様につき、原告は本件回旋シーソーの設置又は管理の瑕疵により右手示指をストッパーと支柱間にはさまれて負傷した旨主張するのに対し被告市は瑕疵と負傷の因果関係を否定し原告の負傷は専ら落下に際し、握り棒を緊握したため、L字型の鉄パイプの不自然な圧力を受けた結果である旨抗争するところ、右各主張に符合する証拠は、それぞれ不充分な点ないし難点があるが、原告の主張に副う原告本人尋問の結果と同被告の主張に副う《証拠省略》を対比検討すると、後者は受傷の状況からして不自然にすぎることを否定できないのであって採用することができず、結局原告本人尋問の結果により原告は握り棒を腰に当てて遊戯中相手の友人勝田誠が突然握り棒を離したため急激な落下を防ぐべく突嗟にストッパーを掴み、支柱とストッパーの間に右示指を挾まれて受傷したものと認める外はない。

してみれば同被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件回旋シーソーの設置者として原告の受傷による損害賠償義務を負担しなければならないが同被告の過失相殺の主張について、検証の結果によれば本件回旋シーソーのストッパーはストッパーであって握るべからざるものであることは構造上一見して明らかであることが認められるに拘らず、たとえ突嗟のこととはいえ、これを握った原告にも一半の過失の責任があり、損害額の公平な算定のためには原告の右過失は斟酌されなければならず、その割合は瑕疵と過失の態様、原告負傷の程度等諸般の状況に照らして五割と認めるが相当である。

原告の損害額について検討するに、《証拠省略》を総合すれば、原告は本件事故により右示指挫断創、右中指擦過傷の傷害を受け、(一)治療費として、佐藤外科医院金三、六二〇円、足原調剤薬局金九二四円、小倉記念病院金二万四二五円、計金二万四九六九円の、(二)小倉記念病院への通院交通費一三日分として金一万三五二〇円(1040×13日)の、(三)通院一三日の母親付添費として、一日金一五〇〇円の割合による金一万九五〇〇円の、各支出を余儀なくされると共に、(四)原告は受傷当時九才の男子であったが、一手の示指の用を廃する後遺症(後遺障害等級表第一一級の9)により満一八才から満六七才までの間二〇パーセントの得べかりし利益を失ったが、これを原告主張の昭和五四年度賃金センサスとライプニッツ係数により年五分の中間利息を控除して算出すれば、金七三九万四〇二〇円

3,156,600×20/100×(18,819-7,107)=7,394,020(円未満四捨五入)

となり、右各同額の損害を被り、(五)過失相殺前の慰藉料として、通院二三日分一日三二〇〇円の割合による金七万三六〇〇円、後遺障害分一二〇万円の損害を被ったことが認められるから、右損害合計金八七二万五六〇九円につき前示割合に則って過失相殺すれば原告の損害額は金四三六万二八〇五円(円未満四捨五入)となり、更に弁護士費用については、本訴立証の難易、右認容額その他諸般の状況を総合すれば、同被告において負担すべき損害額としては四三万円をもって相当と認める。

次に、原告の被告佐藤晋に対する請求について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、原告は昭和五六年五月二〇日午前一〇時半頃授業の休み時間中校庭で負傷し、担任の松崎教諭と古田校長に伴われて被告佐藤の外科医院に赴いたこと、被告佐藤晋は事前に足原小学校養護担当教諭から電話で、且つ直接古田校長から口頭で診察と治療の委託を受けて、同日午前一一時頃原告を診察したが、原告の右示指は外圧により指先一センチメートルの軟部組織が引きちぎれ、残存する骨の先と共に挫滅状態となっており、骨の露出部分の骨膜は剥離して粗造面を呈し、局所全体が土砂にまみれて汚染されており、感染(化膿)防止上緊急な応急措置を必要とする状況にあったこと、このような場合の応急措置としては一般に、切断端と切断面の接着手術が可能なときはそれによるが、不能なときは骨短縮を含めた断端一次縫合、各種有茎植皮、各種遊離植皮等の各手術を行なうべきところ、右各手術は一長一短であるが、指長の犠牲と知覚保有の利害得失上、断端一次縫合術が最も広く用いられており、特に示指にあっては多少長さを犠牲にしても一次的に縫合して形成された断端の方が無理をして長さを温存したものに比べ使用されやすい利点があるとされていること、しかして原告が持参した右示指の切れた指尖は既にひからびていて接着不能であったところから露出した骨を必要最少限度において剪除した上周囲の皮膚を引き合せ四針縫合の手術を行なったこと、該手術は短時間で滞りなく終り、同被告は手術に立会った校長らに手術の経過を事後報告したが、原告が校長らに同道されて来院したことから原告親権者は当然診察治療を承諾しているものと即断し、事前に親権者はもとより何人にも手術の必要性や意味内容を説明したことはなかったし、同時に何人も手術について異議を述べることはなかったこと、原告の両親は学校からの電話連絡が通じなかった故もあって同日午后三時四〇分頃に至り漸く本件事故の発生と手術の事実を知ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は被告佐藤の断端一次縫合手術は外科医の原状回復義務に違反する不必要不完全な手術であった旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はなく、却って前認定の事実に徴すれば、右手術は本件の場合適切であって手術そのものになんらの落度はないことが認められるのでこの点の原告の主張は採用の限りでない。

次に原告は同被告は外科医として親権者に対し手術前の説明義務を尽しその承諾を得べき義務を怠った過失があると強調するのに対し、同被告はこれを争い右手術は手術前の状況からして親権者の承諾が当然に推定されたから違法性がない旨抗争するので検討を加える。

一般に医師が患者に対し新しい侵襲を伴う医療行為に及ぶときは事前にその意味内容を充分に説明して錯誤のない承諾を求めるべきことはもとより当然の注意義務といわなければならないところ、前認定の事実によれば、同被告は手術前に何人に対してもなんらの説明義務を尽した形跡もなんらの承諾を求めた形跡もないのであるから、医師としての注意義務違反の譏りを免れることはできない。

しかしながら、学校事故で受傷した未成年の生徒を診療する医師としては、診療の経緯、受傷の程度、内容及び手術を含む医療行為の性質、内容その他諸般の状況に鑑み、親権者の承諾の存在を推認せしめるに足る特段の客観的事情がある場合においては新しい侵襲行為について一々明示の承諾を求めなくともその違法性が阻却されると解すべきところ、これを本件についてみるに、前認定の事実、即ち、同被告が原告を診療するに至ったのは、原告の親権者に代って職務上当然に原告の身体の安全につき万全を期すべき注意義務を、事故発生後にあっては適宜医師らに診療を委託すべき注意義務を負担している校長、教師らの委託に基づくものであること、手術に立会った校長らにおいて手術に対しなんらの異議もなかったこと、及び原告の治療として断端一次縫合手術はその際最も適切な処置であったのみならず感染防止上緊急を要する状況にあったこと等の事情は正に親権者の承諾の存在を推認せしめるに足る特段の客観的事情がある場合に該当するということができるから、同被告の手術行為は結局違法性か阻却され、不法行為をもって問責されるべき筋合いのものでないといわなければならない。この点の同被告の主張は理由がある。

してみれば原告の被告北九州市に対する請求は金四七九万二八〇五円及び内金四三六万二八〇五円に対する事故発生日である昭和五六年五月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求及び原告の被告佐藤晋に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言及び同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鍋山健)

〈以下省略〉

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